耕三寺に行きました

 Nさんが広島に遊びに来てくれた。彼女のリクエストに応じて、生口島に行くことになった。生口島瀬戸田地区で宿泊し、島の観光名所である耕三寺に行くことになっていた。

お宿

 レモン風呂が売りの宿に宿泊することになっていた。まあ田舎の観光地だしな、という感じで緩く構えていたのだが、予想通り客室のタバコの臭いが凄かった。昭和の宿にタバコの臭いは御約束だよなあ。げんなりするが、客室の窓から海が見えるのは良かった。レモン風呂はレモンの輪切りが浴槽に浮いているというもの。香りは爽やかだが、別府のザボン風呂を知っている身としては「丸ごと浮かせや、ケチくさい……」という思いが否めない。食事は味ぼちぼち、量が滅茶苦茶多い。というかナマコが異様に多かった。ナマコで日本酒を美味しくいただく。

耕三寺

 寺の入り口には、青銅の甍を抱いた朱塗りの門がドンとそびえ立っていた。中に入ると朱塗りの建物がぐるりと囲み、入場料を払って入った奥には日光東照宮を参考にしたという門が階段の上に待つ。一見すると寺とは思えないド派手さ。浄土真宗本願寺派のお寺らしいが、浄土真宗ってこんなんだったっけ……。鐘楼が妙に安っぽいので「昭和初期の最新建築素材」コンクリート製か? と思ったら、一部コンクリートを使っているが、必ずしもそうではなかった。お寺はあちこちちゃんと修繕が行われているそうで、修繕中の職人さんが塗りの技法を教えてくれる。

 耕三寺は色々と独特な寺だった。この寺は、金属管の製造で一発当てた昭和初期の大金持ち金本福松が、母の菩提を弔うために、母の故郷である生口島瀬戸田に建てた寺である。彼はその後出家し、この寺の住職になった。この寺は檀家を持っておらず、この寺に祀られているのは彼の母親だけ。「母が有名な仏教建築を見られるように」と、母親の骨を納めたパゴダ(五重塔)を囲むようにして、日光東照宮陽明門、法界寺阿弥陀堂平等院鳳凰堂を模した建物が建っている。そしてこれらがどれもギラギラに派手だった。多分各地の実物よりも鮮やかである。寺ってこういうものだったっけ。私が知っている寺は皆禅寺だったんだろうか……。無自覚のうちに出来上がっていた自分の寺イメージを揺さぶられて困惑する。

 寺の脇には地下道(千仏洞地獄峡 )があり、延々続く道中には地獄が具現化されている。地獄を具現化するために、中の岩は富士山の溶岩を持ってきているというこだわりよう。昭和の金持ちはやることのスケールが違う。正月に1億円をバラ撒くZOZOTOWNの社長とか、平成の金持ちは規模が小さいんだな、と初めて知る。

親孝行とは何か

 寺と地獄を満喫した後は、母親存命中に建てた邸宅「潮聲閣」を見学。ここでは幸運なことにガイドがついた。母親の邸宅として建てたこの建物は、いちいち贅沢な造りだった。廊下は屋久杉一枚板、ドイツから取り寄せたという浴室のステンドグラスも美しい。母親の居室だったという部屋の折上格天井には、枠の1つ1つに繊細な天井画が嵌め込まれ、一見落ち着いた造りの中の華やかさが粋である。

 寺は母、母、母のための寺だった。生前の母のための邸宅もたっぷり豪華。さらに金本さん、「母の故郷だから」と、この島に道路を敷き、学校まで作っている。つまり、「母」を理由に、島の基本インフラをこの金持ちが整備していたことになる。さぞや金本さん、母親との深い絆があったのだろう。彼と母親の関係についてのイイエピソードが……と思ったら、ガイドさん「いや、特にないですね」。そんなことはないでしょう、母子の素敵なエピソードの1つや2つはあるでしょう。促すと、息子の孝行に、母親は割と引いていたという話をしてくれる。ガイドさん曰く「こんなに豪勢なことができるのは、息子は何か悪事をして(金を得て)いるのではないか」と心配していたらしい。さらに、地元の小学校が金本さん*1を招聘して講演を依頼したところ、彼は「親孝行と思って色々してきたが、結局親孝行になったのかどうかわからない」と話していたらしい。うーん、親孝行ってそういうものだよね……と、物凄くしみじみする。子が良かれと思ってしたことを、親は喜んでくれるかと言うと、往々にしてそうではない。古今東西、あちこちで繰り返されてきた話である。

 しかし金本さん、地元の名士として呼ばれて講演を依頼されているのだから、もっと威張ったり見栄を張っても良さそうなのに、そうしなかったのだな。道路も作った! 学校も作った! 母親にも何不自由ない生活をさせた! (実際の思いは別であるにせよ)自分の実績を誇って、「だから皆さんも一生懸命働いて、親孝行をしましょう!」と結論づけても誰も疑問に思わないだろうに、自分の振る舞いを自問する話をするとは。この辺の率直さ、見栄の張らなさ、独善のなさは流石僧侶というか、実にイイなあと思ったのだった。

 博物館も回り、実に4時間くらいかけて耕三寺全体を堪能。凄く面白かった。

*1:彼は尾道市の名誉市民になっている。