「今の時代」を生きてる気がする

 もうここ7-8年、地元資本のスーパーで買い物をしている。月曜は野菜と果物、火曜は肉……のように、曜日ごとにポイントカードの10倍対象が異なるので、ほぼ毎日通っているような感じ。ところが先週から、このポイントルールが変わった。生活必需品や安くてよく売れるものにはポイントがつかず、牛肉や果物などちょっとお値段の張るものが20倍ポイントに設定変更された。おかげで全然ポイントが貯まらなくなった。

 米国のイラン侵攻が始まってからサッカー台の無料ビニール袋のロールが半分撤去された。ここ数年の急激な物価高に追い打ちをかける石油製品の値上がりだろうから、経営が大変なんだろうなあと思っていた。おまけに先週の半ばに発表されたPHPの脆弱性(文末引用参考)対応のため、今週一杯ポイントカードは使えないらしい。

 毎日職場とスーパーと自宅のトライアングルを回っているだけだけど、ここ数か月スーパーに物凄く世界情勢を感じている。

 

AIによる脆弱性発見が加速、専門家「混乱期の始まり」

(AFP/時事通信)

世界中のウェブサイトの多くで使われているプログラミング言語「PHP」に二つの重大な脆弱(ぜいじゃく)性が見つかり、企業や政府機関は今週、修正プログラムの適用に追われた。(後略)

 

 

すごく不思議に思うこと

 今住んでいる家の近くには大学があり、学園祭のシーズンになると軽音部(多分)のステージ演奏が聞こえてくる。これで不思議なのが、演奏する曲がやたらと古いのだ。今回聞こえてきたのはサカナクション、アジカン。どちらも15-20年くらい前に発表された曲を演っている。おいおい君たち、当世流行りのアーティストの楽曲を演奏したまえよ。米津やVaundyはソロ売りなので(メンバー皆が自己主張したい御年頃の)バンドで演奏するのは色々気遣うから演りにくくて選ばないとしても、Mrs.グリーンアップルとかKing GnuとかOfficial髭男dismとか色々いるでしょうよ。今アジカンとか演奏するのは、自分の大学生時代になぞらえて考えるなら、1970年代後半のヒットソングを演奏しているようなもんか? と考えると、ゴダイゴを演奏ということ? 絶対笑われてるな。じゃあブルーハーツとかボウイとか? 大学の学園祭で演奏したら「懐かしい!」か「ダサッ/ベタだな」と鼻で笑われるかだろうな。自意識の高い発達段階にある人たちが、絶妙な古さの楽曲を選択するのは何故なんだろう?

 何なんだろうね? とAIに訊いてみると、大まかに2つの理由を挙げてきた。1つは、近年のバンドの楽曲は技術的に難しい/パートが変則的で、演奏しにくいからではとのこと。そういえばKing GnuとかOfficial髭男dismは技巧派らしいし、Mrs.グリーンアップルもリズム隊がいない編成なんだっけ。大学に入ってから楽器演奏始めたくらいの腕前で演奏するのは無理があるのだろうし、リズム隊がいない素人バンドの演奏は土台が不安定で地獄になりそうだもんなー。なるほどね……。BPMも速いし音数も多いし、大変そうでもある。そしてもう一つの理由は、デジタルネイティヴ世代は全ての時代の楽曲を並列に並べて聴くので、古い曲でも格好いいと思ったら採用に抵抗がない。特に今はネットミームに使われてバズったり、「ぼっちザロック!」というアニメで取り上げられたりして、20年くらい前から活動しているアーティストに対する若者の評価が高まったりしているのだとか。ほうほう。

 しかしそれでも「何故アジカン(リライト)なん?」という疑問は胸のつかえのように残る。自分が好きで、というだけでは終わらないだろう。メンバー全員が演奏できる、フロアにウケる、粋な選曲だと思われる……特に他者の反応は大事だろうしなあ。「リライト」て今の若者にもウケるのか……と、何だか相変わらず引っかかったままのような、納得したような、あまり釈然としない感じ。


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と思ったら、「リライト」は2024年のM-1グランプリで使われたらしい。この辺の影響かなあ。

「ずっとある」はありがたいこと

 なんと前回の書き込みから8か月くらい経ってしまった。
 去年の3月に母が亡くなり、今年の8月に私はスマホユーザーになり、生活が少し変わった。あとAI使って冷蔵庫の残り物を使うレシピを毎週繰り出している。

 そんな感じだが、あまりにも文章を書かなさ過ぎて言葉(というか単語)が思い出せなくなってきたので流石にヤバいと思い、またボチボチ書いて行こうかと思っている。あ、相変わらずユルッとsnow manのフォローはしています。

(旧)ジャニーズは突然に

 youtubeを見ていたら、ブリッブリに跳ね上がって踊る男子の動画に遭遇する。動きがとてもきれいで、体のパーツを細かく分けて可動させているのが素人目でもわかる。かなり鍛錬している人だろうけど、溌溂と物凄く楽しそうに踊るのも琴線に触れる。うわー、この人いいな! と調べたら、snow manの佐久間さんという人だった。まさかジャニーズに琴線掴まれるとは……。

 ジャニーズ事務所がジャニーズ事務所として君臨していた時代、ジャニーズ所属タレントの動画は管理がとても厳しくてyoutubeにうっかり流れて来ることなどなかった(少なくとも私は見たことがなかった)ので、まさかこんなところでエンカウントしてしまうとは思わなかった。普段ニュース番組とドキュメンタリーと保護犬番組と鉄道旅番組ばかり見ている極北のユーザーのところに何故ジャニーズが流れてきたのか謎。まあパーソナライゼーションを経て流されているはずの動画間広告も陰茎増大術だったりするので、youtubeの動画自体のそれもまだまだなのかもしれない。
ポンコツ・パーソナライゼーション - ハマハナ帳

 いくつか同じテーマの動画を見ると「これもあるよ、こういうのもあるよ」と立て続けにyoutubeは関連動画を出してくるので、ここ二日くらいどっぶり佐久間&snowman動画を見る流れになってしまっている。でアレコレ見た結果、「ダンスには鷲掴まれっぱなしだがそれ以外は特に」という結論に至る。繰り返し見ていたら楽曲も惹かれるようになるかと思っていたがあまり。

 しかし14年とか長い下積みを多感な思春期~青年期早期に経験するというのは、どういう影響をもたらすものなのかと思ったりする。TV番組の切り抜き等見ていると、どうにかして印象を残そうとする佐久間さんの気迫が凄くて五月蠅く感じることもあるんだけど、彼の背景を踏まえるとまあそうなるわなとも思う。 


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多分現時点のsnow man楽曲で一番人口に膾炙している曲。聞いていると知能低下しそうなんだが、ダンスナンバーの頭悪そうな感じって一種の伝統芸なのかしら。


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「平成犬バカ編集部」片野ゆか著

 昨年(2025年)にNHKで放映していたドラマ「シバのおきて」の原作本と聞いて、正月休みの楽しみとして借りておいた。「シバのおきて」は仕事帰りの朦朧とした頭*1で車内で音声だけ部分的に聞いていた。結局どんな話なのか全然知らないのだけど、雑誌「Shi-ba」に関するノンフィクションだと聞いて食指が動いた。

 2000年代のブラックな働き方とか言葉の乱暴なありがち上司とか、読み始めると何だか懐かしい雰囲気が甦ってくる。そうそう、特に出版関係は激務で着替えて寝る以外はほとんど編集部にいるイメージだった(何人か知り合いが出版社で働いていた)。皆カラダかココロ、あるいは両方壊してたな。

 「犬のことは犬に訊け」というスタンスとか、獣医師監修の健康記事とか同意できることは沢山あるし、マタギ特集とか今でも読みたくなるトピックも多いのだけど、どうして柴犬にコスプレさせようと思ったのか、どうしてもわからないし同意もできない。あの神経質で狭量な犬にそんなことをさせるのは、大分犬は苦痛だったと思うのだけど……。編集部員の飼い犬(柴犬)たちがたまたま鷹揚なレア柴犬だったのかと思っていたら、編集長の柴犬は編集部がすっかり嫌いになってしまっていたそうで、編集部の方角に向かうだけで嫌がって鳴いていたらしい。やっぱり嫌がってたんじゃん! 何かイイ話っぽく書いているけど、やっぱり負担は大きいよな、だって柴犬だもの。

 柴犬カフェとか柴犬に噛まれて問題犬扱いする人とか、柴犬の性質をよく知らないと思われる色々の背景に、この雑誌があったんじゃないかとすら思ってしまった。90年代-2010年代の日本のペット事情の変化とか興味深い話も多いんだけど、柴犬虐待と言われても仕方ない話だなーと複雑な思いで読了。あと、自覚していた以上に私は「柴犬=噛む」の図式が脳内に確立しているのだと今回初めて気がついた。「シバのおきて」の映像を見る機会があった時に、『ありがとね、福ちゃん(編集長の飼い犬で、はいりの犬ではない)』と声をかけておもむろに犬を撫でた片桐はいりを見て、(噛まれるぞ!)と反射的に思ったし。

 ところで、犬のコスプレって何が楽しかったり面白かったりするんですかね。私は未だに物凄く気持ち悪いというかグロテスクに感じてしまって全然馴染まない。私自身は犬を屋内飼いだし寒い日は服着せて散歩させ、調子を崩せばすぐ受診、ドッグランやら連れていく乳母日傘な犬の飼い方をしている。しかし子どもの頃の犬とのふれあい*2は今も私の犬観に色濃く影響を及ぼしていると思う。恐るべし。

 

*1:22時から放送だったので聞く時は大体疲労困憊だし、全部聞き終わる前に家に着くのが常だった。

*2:庭先に繋いで番犬業務担当、食事は人間の残飯、脱走して他所で子どもを作ってきたり、散歩先で別の犬に会えば威嚇か喧嘩、気に入らなければすぐ歯を剥く、フィラリア予防しないもんだから5-6年で死亡、というザ・昭和の飼い方。

「国宝」

 話題で異例のロングラン*1が続くこの映画をようやく見てきた。ファーストデー(割引日)ということもあるのだろうが元旦からほぼ満席。11-14時と昼食時間をまたぐ時間帯の上映なので、朝食を遅めに食べて、かつ排泄を催さないように……と色々支度して行ったのだけど、沢山の人がポップコーンやチュロスやポテトや飲み物を買って持ち込んでいるのを見て、(昼時の空腹を狙ってこういう上映時刻にしているのか……)と気づいてなんか感心する。ちゃんと商売してる。

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 大ヒット映画だけあって普通に面白かった。冒頭の少年喜久雄が新年会の余興で踊る姿の艶やかさからいきなり目を奪われてしまう。もうその後は一途に芸を追求する姿、舞台の美しさ、少年二人の複雑な思いとそれを抑えた友情と、見どころに目を奪われっぱなし。カメラの動き方で、少年が歌舞伎と舞台にのめり込んでいく高揚や人間国宝女形の怪物ぶり*2が伝わってくる。舞台を移動する時の衣擦れの音が耳障りだったが、舞台の臨場感は伝わった。
 そしてこの映画、悪役がいない。裏切る恋人、八つ当たりしてくる女将さん、のらりくらりと躱して役不足の役しか渡さない預かり先など、色々嫌なことは起きるのだけど、各人の思いや事情があることはわかるので、観ていて「こいつが悪役だな!(憎)」みたいな気持ちにならない。ひたむきに芸を磨いて師匠の名跡を継ぐまでになり、しかし血縁による後ろ盾がないことで不遇の立場に置かれる喜久雄。ひたむきに努力し、歌舞伎以外は何も要らないと願をかけ、実力があっても報われない辺りは人生の苦みを感じる。ドサ回りの公演先で酔客に殴られ、ヤケ酒を飲んで化粧も衣装もボロボロのままビルの屋上で踊る姿はひたすら美しかった。ただ、人が踊っているというよりは、芸が個人の意思を凌駕して躍らせているような、そういうゾッとする凄みのある場面だった。
 また、芸と人が自分に報いてくれないとしても踊り続けることしかできない、業のようなものを感じた。このことでふと思い出したのは、25年位前に聞いた漁師の話だった。諫早湾の干拓事業が始まった時に漁場を奪われた漁師が、受け取った補償金でより立派な船を買ったという話。「補償金で別の生計の立て方を模索しなきゃならないのに!」と、その時は間の抜けた話だと笑ったけど、今となっては違うのではないか、これまでの生き方から漁師はそうするしかできなかったのだろうと思う。合理性や理屈ではない、こういう「そうすることしかできない」ことに思いを巡らせられるようになったのは歳を取ったおかげのような気もする。
 この映画のおかげで実際の歌舞伎に関心を持つ人が増えて御新規さんが増えているという話も聞くが、それもむべなるかなと思う映画だった。あと、正月や新春の場面が多い映画だったので、期せずして元旦に観に行けたのはホント良かった。何故初夏に公開したんだろう? 季節を感じるものはその季節に観る方が断然良いのに。私はラッキーだったな~と、ホクホクしながら帰路に就いた。

*1:2025年6月6日公開らしいので、半年くらいやってる。しかも広島の地方都市でもまだ毎日やってる。凄過ぎる。

*2:「おいで」と手招きするその手の動き方だけで妖しい色気を放っていた。ただの俳優じゃないぞこの人、と思ったら田中泯という舞踊家だったらしい。名前くらいしか知らなった。

夜が忙しい

 本格的に寒い季節になった。今年は「毎年恒例・初冬の憂鬱」が軽いので割と楽に過ごしている。しかし入浴がきつい。脱衣所が寒い、風呂場が寒い、どちらも暖めて準備のはするのだけど、そもそも脱ぐことを考えるだけで寒くなるので脱衣所に行きたくない。そこでリングフィットをして一汗かいてから入浴することにした。「はー暑い! 汗かいたー!」で入浴欲求を高めて脱衣所に行けば、スイスイ服が脱げて最高。

 ただこの方法、全体的に凄く時間がかかる。まずゲームが置いてある部屋を暖めて、暖まったら次に脱衣所を暖めつつ30分程度リングフィットを行う。それから風呂に入って髪を乾かして……とすることになるのだが、夜はこの他に自分と犬の夕食、犬の散歩もしなければならぬ。また犬の健康を考えると食後2時間は散歩に行けなくなってしまう。

 かくして私は帰宅するとまず急いで自分の食事を済ませてリングフィットをする部屋を暖め、犬の散歩に行き(30-50分)、帰宅したら犬に餌を食わせて脱衣所を暖め、リングフィットをして(30分)、入浴して髪を乾かすことになる。入浴準備としてリングフィット時間も追加されることになったので、自分の保清にトータル90分くらいかかっており、何か全然気の休まる時がない。我ながら一体何をしているのかと思うが、今のところこれが一番心理的負荷なく入浴できる方法なので、何とかやりくりしながらこなしている。

 しかし何故こんなに寒いんだろう? 木造だから寒いのかといえばマンション住まいの時も福岡住まい(現住地よりかなり暖かかった)の時も「寒くて風呂に入りたくない問題」には悩まされ続けてきたから、寒がる自分の問題のような気もしてきている。別に冷え性というわけでもないし、何故こんなに寒がるのか自分でもよくわからない。皆どうしているのかしら。やっぱり気合で寒さ堪えて入浴しているのかしら。