旅先で読書(私の場合)

 JR九州の機関誌今月号で、恩田陸が「旅先で読書」というタイトルのエッセイを書いていた。読んでいたら、一昨年自転車旅行に行った時のことを思い出す。あの時私は雨が降ったら旅館で1日過ごすつもりでいたので、暇つぶし用に本を一冊持って行った。旅行中は朝起きたら自転車に乗り、夕方旅館に帰って寝る。毎日それの繰り返し。幸い雨に降られることはなく、行程中本の出番はなかった。
 約一週間の旅の終わり、帰路についた電車の中で本を開いて驚いた。活字が鮮やかに脳へ入ってくる。渇望していたものをようやく得られた感じ、かつて馴染んだ懐かしいものに脳が喜んでいる感じ。何か読みたいなんて自覚は皆無だったのだけど、気づかないうちに飢えていたのだと思った。また、普段いかに「何かを読んでいる」機会が多いかを思い知った。
 今年の年末年始、私は再び自転車旅行を計画している。また一冊、本をカバンにしのばせて行こうと思っている。何かのきっかけで本を開いた時、乾いた大地に水が染み込むような、あの鮮やかな活字体験が再びできることを期待している。

災害の襲うとき―カタストロフィの精神医学

災害の襲うとき―カタストロフィの精神医学

 前回の旅行時はこの本を持って行った。四六判、512ページの分厚いハードカバー本。こんなかさばる本を持って行った自分はつくづく馬鹿だと思う*1

*1:しかしこういう機会でなければ、多分じっくり読まなかっただろうとも思う。