イビサスモークレストランに行った。徒歩で。

行く前の話

 私の住んでいる町から40kmほど離れた山奥にイビサスモークレストランというレストランがあって、夏になると音楽祭をする。私は以前からそれに行ってみたくて、でもどう考えても車がないと行けないような山の中で、車無しの私は行きたいなあ、でも行けないなあ*1と思い焦がれつつ早幾年。そのうち、自転車で遠出をするコツをつかみ、土地の様子もだんだんわかってきたので、この連休の特別企画として、いよいよイビサ行きを決行することにしたのだ。冬は寒くて日が暮れるのが早いし、夏は熱射病で死にかねないし、秋は天候が悪い時が多いし日暮れも早くなるので、決行時期としては今が最良の時だ。
元々は単独で自転車で行って、近隣の宿泊施設に泊まって帰る一泊二日の自転車旅行計画だったのだが、パエリヤがメニューにあると知ってパエリヤ食べたさに急遽予定変更。一人でパエリヤを食べるのは寂しいので友人Yさんを誘うことにする。
うきは駅からレストランまでは路線バス(1日5往復)で行けることがわかっていたが、ただご飯を食べに行くなんて計画に変更しては全く面白味がない。私は耳納の山が大好きだし、山を堪能しまくってから食事だ!ということで、うきは駅からイビサまで(約12km)歩いていくことにした。山の中だけどダムがあるから道はそれなりに整備されているだろうし、3〜4時間で行けるさー、ラララーイ(←?)てな感じ。当日までは地図を丹念に眺めてイメージトレーニン*2もして準備に余念なし。

うきは駅到着〜イビサ到着まで

 当日は快晴。日差しが強く、道路からの照り返しがきつい。もっと木がこんもりと繁って、昼でも薄暗くて涼しいような道を想像していたのだが、少なくともダムまでの道は見晴らしも良くて広い。山には杉の木がびっしりと植わっている。私は花粉症持ちなので、3〜4月に来たら地獄だな。普段の生活と遠近感が全く異なるせいか、目が回るような感覚が消えない。
 ダムを越えて30分も歩いたか、集落に入る。この辺から道が狭くなり、周囲の風景もぐっと身近に感じられるようになる。萱葺きの家! 屋根の比率が異様に高い家屋! 中の土部分が剥き出しになってる白壁! 蔵! 観光として売り出そうとしている最近の白壁通りにはとんと惹かれない*3。住人が適当に増改築しながら住んでいるような、今も昔も現役の家が大変魅力的。家の脇に小さな自家用の畑があるのもいい。棚田は麦の収穫が終わってこれから稲を植える端境期だったようで、写真に出てくるような美しさはなかったものの、棚田自体が物珍しいのでそれなりに楽しい。山の中行くと空気がうまいというけれど、草いきれ、何かの花、畑の土、肥料、なんかもう懐かしいニオイがいっぱいで*4、たまらない。そして杉の木の涼やかなにおい。何だか知らん鳥の声。川の水が豊かで、しかも凄くきれい*5。暑いせいもあり、子ども達がパンツ一丁になって川で遊んでいるのが無茶苦茶羨ましかった。私は実に嬉しそうだったようで、Yさんから「楽しそうですね」と何度も指摘される。多分すげえニコニコしてたんだと思う。一方でYさんの感想は「以前行った宝珠山村に比べると、何だかあまりきれいじゃないですね」とのこと。確かに牧歌的な日本の農村の風景というには、どこか荒れた雰囲気があったのだけど、それは今回集落の真ん中を通っていたからと、結構廃屋があったからではないかと思った。まあこれだけ山の中なら、過疎の問題はあって当然でしょうな。

イビサ到着。昼食。

 もうどのくらい歩いたのかよくわからなくなるくらい歩いて3時間15分。「まだ着かないのか」とYさんに何度も言われながら、ようやくイビサに到着。HPで見た建築中のレストランは完成して営業していた。こんな山の中にあるとは思えないくらい大きなレストランで、石造りの建物と開放された窓が気持ちいい。客多い。食事はあらかじめパエリヤのコースを予約していた。ハムの盛り合わせ、生ハムとチーズの盛り合わせ、ソーセージ、トマトとオリーブオイルのサラダ(美味!)、パエリヤ、デザート、コーヒー。コースについてくるシェリー酒が催促するまで来なかったり、デザートに添えてあったサクランボが明らかに古くてまずかったり、色々と気になる点もあったものの、パエリヤはとても美味しかった。パエリヤの他は自家製マスタード*6とゆずのマーマレードが美味しかった。どちらも自家製だそうな。ここのレストランは自家製ハムやソーセージがウリなんだけど、Yさんに言わせれば特別美味しいわけでもなかったとのこと。私はハムやソーセージの美味い不味いはさっぱりわからないので、シェリー酒と一緒に楽しめなかったことが残念な以外は特に可も不可もなく。空腹と疲労が最高のスパイスっちゅうんはホントやねえ、と思いつつ楽しくいただきました。食事はそんな感じで、特別印象を残すものがなかったのだけど、レストランのトイレとトイレ近くの暖炉のあるブースは物凄く素敵だった。冬の寒い日に、ここのブースを貸し切りにして皆で食事したら楽しいでしょうねえ、とYさんと話す。次に来る時は日替わりコースにしたいなあ。

木葉館に行ったら、尾花新生氏に会った

 満腹でレストランを出て、帰りは路線バスで帰ることにしていたのだが、次のバス(最終便:4時50分)が来るまで2時間近くあるので、暇だから歩きますか。って今度は来た道をヨロヨロ下る。ここで来る時に気になっていたギャラリー兼カフェ「木葉館(このはかん)」にYさんに頼んで寄らせてもらう。中が暗い日本家屋ですよ? 垂涎の対象ですわ。
中は誰もいなかった。奥の方で何やら話し声は聞こえてくるので、一応声をかけてみたものの、応答がないのでそのまま店先に腰掛けて休憩。奥が一段低くなって下に降りられるようになっているのが大変気になるが、私もYさんも疲れているので無言でしばらく座っていると、奥から長いヒゲと髪の陽に灼けたじいさんがニコニコと出てきて、奥もあるからどうぞと声をかけてくる。尾花新生氏だ! うきはイビサのはじまりを作った人だ! 先ほどから奥が気になっていたので早速降りると、下は右手が勝手口、左は納戸を改造したギャラリーと縁側に面した座敷になっていた。納戸の狭さと暗さも気持ちいいが、何よりも縁側がいい。近くを川が流れているらしく、水の音が絶えずして風が座敷を吹き抜けていく。少し意識をずらすように注意すると、自我と周囲の境界が曖昧になってなくなっていくような感覚、まさに忘我の境地の心地良さ。以前はこの遊びもよくしていたし、できたんだけど、大分しなくなったし、できなくなったよなああ。
少し尾花氏と話をした。尾花氏が移住してきた頃、このあたりは既に過疎が進んでいる地域だったようで、彼は40年ぶりに新しく入ってきた人だと言われたんだそうだ。今はこの辺に住みたがる若い人も増えているとのこと。尾花氏と一緒にいた店主は氏のことを仙人と言ったが、仙人というよりむしろ、妖精のようなふうわりと可愛らしい*7雰囲気の人だった。ここまでヒッチハイクで来れば、電車賃やバス代で美味い物が食べられるよ、と言って笑っていた。いやあ私にはすっかり世間の澱が身についてしまって、もうそれは出来そうにないです。帰りは店の前まで送ってくれ、私達がバスに乗り込むとニコニコと手を振っていた。なんだか狐につままれたような不思議な感じ。
写真を全く撮ってこなかったのがちょっと悔やまれるが、思い出すとまるで夢の中の出来事のようで、心地良い時間だった。また行きたい。今度は泊まりたいなあ。宿泊施設として考えていた日森園山荘(ひもりそのさんそう)は基本料金5000円+1人1000円だそうで、一人で素泊まりするにはちと高過ぎるが、今第三セクターで他にも近隣に宿泊施設ができているとのことだったので、そっちも調べてみようと思う。

*1:燻製肉がウリのレストランなのだが、それらをつまみにお酒を飲みたいじゃない? しかし、こういう企画に乗りそうな車持ちの友人達は大抵酒好きだし、酒好きの運転手を尻目に美味しい酒は飲めない。

*2:行きたいところがある時、地図を眺めてそこの場所までのイメージを作るのは、当日どのように動くかを計画したり、トラブルを予想したりするために凄く大事だ。と思う。まあ趣味の問題だろうけど。

*3:昔ながらの風情を出そうとして、壁も瓦も真新しい白壁の建物に建て替えるのは矛盾していないか? ミッドセンチュリーのポップな内装がとても素敵だった吉井駅前のパン屋さん「モナ欧風パン」も白壁の建物になってしまった。あんなに状態の良い内装はなかなかないのに! とても残念だったし、とても悲しかった。

*4:私の原体験は田舎の体験なので。

*5:話に聞くところによると、このあたりは上水道がないらしい。井戸水で足りてしまうということらしい。

*6:アワそっくりの形状で、全然辛くない。様々な味と香りがして、プチプチした食感が楽しかった。

*7:というのも失礼か?