「蟻の兵隊」

 小倉昭和館で「ヨコハマメリー」とこの映画が二本立て上映していて、二本とも観たかったのだが時間の都合でこちらだけ。
 ポツダム宣言受諾後も一部日本軍は武装解除せず、軍命令として残留して中国の内戦に参加し、国民党軍と共に共産党と戦ったらしい。で、その後国民党軍は敗退し残留した日本軍兵士達は捕まって強制労働に従事させられ、ようよう帰ってきたら「兵士自身の意志で残留したことで日本軍は関与していない」とされ、補償はなされなかった。そのことを不服として、裁判で係争しているところがこの映画の始まり。映画は、原告の1人奥村さんに焦点を当て、裁判の行方と奥村さん自身の戦争体験(初年兵の時に「人を殺す」訓練を初めて受けた時のこと)を振り返る旅の行方、2つの流れを中心に進んでいく。
 私は祖父のことを思い出しながら見ていた。私の祖父は学徒動員で出征し、終戦後シベリアに抑留され、終戦から数年経って復員してきた。このことは母と大叔父から聞いて知っている。祖父は戦争時の話をすることは好まず、訊いても絶対に話してくれなかった。そしてとうとう一人で墓場に持っていってしまった。

  • 兵士の残留に反対し、20年ほど前のTV番組でそのことを証言した上官(現在寝たきり)のところに裁判の経過を伝えに行ったところ、「もうわからないと思いますけど……」と家族が説明していた上官が、ゴロゴロと喉を鳴らしながら言葉にならない声で返事をし始めた姿にギョッとした。あと、看護婦さん痰の吸引してあげてー! と思った。
  • 中国人が国民党軍の日本残留兵と共産党軍の戦闘の様子を説明して「前を行く兵士が斃れたら、その兵士の死骸を楯にして後続の兵が更に前に進み……」と言っていて、ああベトナム戦争時のベトナム兵の戦い方と一緒だなあ、と。
  • 奥村さんの家の中が「物がみっしり詰まっている」いかにも高齢者っぽい家で良かった。今までの暮らしのあれこれが詰まった家、という雰囲気はいい。
  • 初めて人を殺した場所を訪れ、当時の現地の様子を現地の中国人から色々訊いていく様子、当時の様子の回想から、殺した当事者である奥村さん自身が「人を殺す」体験によって、いかに傷ついたかがよく伝わった。祖父がどうして語らず逝ったのか漠然と推測していたものが「ああ、やっぱりそうだったんだ」という実感を持てたような気がする*1
  • 日本軍に誘拐されて、強姦されて、保釈金を家族に支払ってもらってようやく家元に返された*2という女性が、「この人(奥村さん)はね、奥さんに人を殺したことを話せないんですよ」とスタッフに説明され「もう話したらいいのに。今のあなたは悪い人には見えないわ」と奥村さんに話しかけるシーンは、背景の木の緑も綺麗で、穏やかな美しさにやられて泣いた。

 期せずして、祖父のことを何だか随分考えた映画。

*1:小林よしのりの「戦争論」を読んだ時、「太平洋戦争を悪と見なすことが祖父を含めた従軍した者を悪と見なすことになる」という論の展開に馴染めなかったのは、祖父を見て「傷つけた側も『自分が他者を傷つけた』ということに傷ついており、誰もが傷つくから戦争はいかんのだ」と何となく思っていたからだったのだろう。

新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論

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*2:ロシア軍がチェチェン人にこういうことをしている、という話は見たことがあって、うわーさすがロシア、やる事えげつないなー」と思っていたのだが……。