Mehr Licht!

 台風の通過時刻と私の移動時刻が重なるのではないかと昨日からやきもきしていた。しかし台風の方が私より先に通過していき、無事に島根県浜田市に到着。天候の悪い秋の夕暮れということで真っ暗、電車の車窓からは何も見えなかった。今夜の宿がある無人駅に降り立ったのは私一人。仕事先が用意してくれていたタクシーが待っていて、宿まで運んでくれる。駅から2km先にある宿泊先への移動道中でも店や人はおろか他に走る車もなく、既に深夜の雰囲気だった。小雨の降る中、海の傍の高台に建つホテルにタクシーは止まる。ホテルの周りも真っ暗。
フロントの人「お食事はお部屋にお持ちします」
私「えっ」
フロントの人「今日はお客さん一人だけなんですよ」
 立地条件からして観光客向けのホテルだろうし、部屋食ができるということは御座敷なのか。それならそれもまたいいかな、と思いながら部屋のドアを開けると、そこは古いシングルのベッドルームだった。蛍光灯の鈍い光、あちこち剥がれかけた壁紙が寒々しい。こういう部屋、池袋北口のホテルで泊まったな……確か素泊まり4000円くらいで、室内に「盗難注意!」という張り紙がしてあった。しかし池袋北口のホテルと違うのは、風と波の音が凄く響くこと。吹き荒ぶ風*1の音と波の音、窓を打つ雨音が部屋の侘しさを倍増させる。カーテンを開けても、真っ暗で全く何も見えない。リゾートホテルっぽい立地なのに、どうしてこんなシングルルームがあるんだろう。「昔、この部屋で自殺がありましてね……出るんですよ……」と言われたら100%信じてしまうような部屋だなあ。
 この部屋の何処で食事をするのかと思っていると、大きなお盆に載せられた食事が据え付けの小さなテーブルに運ばれてきて置かれた。

御飯は鯛と雲丹の釜飯、お吸い物はジュンサイしじみ、蓋をしてあるのは海鮮バター蒸し。運ばれてきた時は炉の下に火がつけられてクツクツ音を立てていた。
 旅館のような豪勢な食事だが、部屋の荒んだ雰囲気とのギャップが凄くて、何が何だか味がよくわからない。食事をするシチュエーションの大切さをしみじみ思う。おまけに、遠くの方から岡林信康のような歌声が聞こえてくる。カラオケか? でも「客は私しかいない」ということだったが……。
 これで出ない方がむしろ不思議だと感じるほど怪談向きの環境で、豪勢な食事を一人黙々と食べている自分の状況が可笑しくてたまらず、ニヤニヤ笑いが止まらない。この宿は今後も泊まる予定なのだが、全然落ち着かないので少し気が重い。

*1:台風一過直後だったし。