2つの欲望の間で

 Nさんを誘って、杖立温泉に行くことにした。杖立は以前から熱烈に行きたかった温泉の一つで、念願かなって行けることになったのはとても嬉しい。どこの旅館に泊まろうか色々調べている。
 私は鄙びた感じの何もない宿で、何もせずにぼんやり過ごすのが好き。昭和の高度成長期からそのまま時間が止まってしまったような「ただ古いだけ」の建物や、無計画に拡張した結果パイプが野放図に四方へ延び、湯の花だらけの温泉タンクを見ると嬉しさと興奮でゾクゾクする。泊まるところもそういう宿に泊まりたい。しかし、前回鉄輪に行った時に私の大好きな宿*1を取ったらNさんが困惑していたので、今回は少し自重しなければならないと思っている。民芸調の和小物で飾り立てた宿。Nさん割とこういうの好きなんだよな、可愛いと喜ぶだろうな。頭の端でそう思う。しかし私はこの手の装飾が嫌い。しゃらくさいったらありゃしないぜこの野郎。しかし、自分がNさんの立場なら「また古くて汚い宿か……」とうんざりするかもな。もうコイツと温泉行くの嫌だと思われたら嫌だな。しかしな。しかししかししかし。しかし。しかしの無限ループ。
 自分の嗜好を満足させたい欲望と、Nさんを喜ばせたい欲望の間で煩悶し続けるワタクシ。こういう煩悶は楽しいものだが、本気で葛藤し過ぎて楽しみを既に通り過ぎてしまい、ちょっと苦しい。

*1:ここは中庭に建っている温泉タンクがとにかくカッコいいのだ。