私が戦争反対論者になったわけ

 職場(高齢者施設)の利用者さんと話をしていて、終戦時の話になる。彼女は外地で終戦を迎え、避難所で子どもを亡くしたらしい。子どもは栄養失調のために目を見開いているばかりで、寒い中充分な履物もないのに歩いて移動したため足の指が無いような状態になっていたとか。
「私ね、ここで子どもが死んで良かったと思ったんですよ」
 意味を図りかねていると、避難所で死んだから子どもを埋葬することができた、移動中の列車の中で死んでいたらそうすることができなかったから。と彼女は続けた。過密した列車の中で助かる見込みがないと見られた子どもや高齢者は、まだ息をしていてもぽんぽん列車の外に投げ出していったらしい*1。子どもが死んで「良かった」と答えられる異常事態に思わず絶句してしまう私と笑顔の彼女。多分、もう悲しみや後悔などは既に収まりをつけているのだろうけど、やっぱり大変なことだなあと思わずにはいられない。引き揚げ者の話はこの類の壮絶な話が多い。
 こういう話を聞くと、戦争でえらい目に遭うのは、子ども、年寄り、貧乏人、女だなあとしみじみ思う。これら4つの条件が幾つか重なったらもう目も当てられない。というわけで、女で貧乏であと20年もすれば年寄りの仲間入りする自分としては、自分が生き延びるためには戦争は絶対反対だわなあと思うのです。
 あと彼ら戦争体験者の話を聞いていてよく思うのは、戦争が起きると今の社会システムや価値観は御破算になるということ。そこそこの暮らしをしていた人が貧乏になったり、貧乏だった人がのし上がるチャンスが生まれることになる。今の政治のシステムがうまく機能しなくなっているという話になった時、戦争体験者から「もういっぺん戦争したら良いと思うのよ(そうすれば政治システムの大転換が起きる)」と言われたことがある。その時は気軽に言わんで下さいよ〜なんて笑って終わったのだけど、石原慎太郎の考えというのは割とこれと近いのではないかと思ったりもする。

*1:恐らくは感染症の拡大を防ぐためだと思う。